77年には、同行の資金量の10パーセントを超える341億円もの分類債権(不良債権になる恐れのある融資)の存在が指摘されており、大蔵省が要注意のマークをしなかったということは考えられないのです。
また、直貸しと代理貸しを合算した大光保証の融資の貸出金融機関は、三長銀が578億円(日債銀407億円、長銀、興銀171億円)のほか、生命保険会社が648億円(安田生命183億円、住友生命207億円、その他258億円)となっていて、これら金融機関による融資の額そのものも全く異常です。
77年には、同行の資金量の10パーセントを超える341億円もの分類債権(不良債権になる恐れのある融資)の存在が指摘されており、大蔵省が要注意のマークをしなかったということは考えられないのです。
また、直貸しと代理貸しを合算した大光保証の融資の貸出金融機関は、三長銀が578億円(日債銀407億円、長銀、興銀171億円)のほか、生命保険会社が648億円(安田生命183億円、住友生命207億円、その他258億円)となっていて、これら金融機関による融資の額そのものも全く異常です。
大蔵省は大光相銀が71年11月に2億円、74年3月に1億円、計3億円の裏保証を関連会社に行なっていたことを75年8月の検査で知り、始末書をとっており、大蔵省が4年前から厳しい監視と事後措置を続けていたならば、この金融史上空前の不祥事は防げたはずです。
当時、有価証券報告書の訂正は出されなかったので、同じ大蔵省のなかで、銀行局は知っていながら証券局は知らなかったということになります。
大光相銀はまた71年3月期から72年9月期までの間に申告もれ所得約6億7000万円、うち不正な経理操作による隠し所得約1億円があり、重加算税の追徴をうけていたといいます。
国税局でも問題会社であったのです。